The last Hongkong
富士山が見えたので、スマホの電源を入れて機内モードにしていたら、雲の下に隠れてしまいました。↑ この翼の下あたりにおわすはずなんだけどなぁ。
今朝はだいぶ慌てました。だから、今日はここでコーヒーでも飲んでゆっくりします。街歩きはお休み。私が血圧上げてひっくり返ったりでもしたら、元も子もないですから。
と申しますのは、
実家の父が今朝早くに体調を崩しまして、救急車→入院、になったのであります。あー。
6時の地下鉄に乗るべく正に玄関を出ようとしていたときに、弟から電話がありました。
緊迫した声でしたが、父の状態を的確に教えてくれて、これから病院に向かうけれど、大丈夫だと思うから、姉さんは行きなさい、と。
ものすごく急を要するものではないと思う、と弟氏が言ってくれたので、私はキャンセルを頭に入れながら、便を変更するにしてもカウンターが早いだろうし、ラインで弟家族に状況を訊きながら、羽田に向かいました。で、チェックイン締め切り時間ギリギリ近くまで待って、結局予定の便に乗ったんですけどね。
脳の梗塞や出血、心臓のエラーではどうやらなくて、尿路感染に起因するもののようです。
尿毒症がもっと悪さをしないうちに、呼び戻さないといけません。意識の混濁などは無いようなので、今は病院にお任せして、直してもらわないと。
こういう時に、弟家族が一緒に暮らしていてくれて良かった、と本当に思います。
大人が三人着いているからね、と。
肝心な時に傍に居ない長女でごめんなさい。本当にありがとう。
父は85歳。去年の1月にやはり腎臓系で入院をしましたが、その後はカテーテル装着以外は、変わらず概ね元気に暮らしてくれていました。暮れには、曾孫が生まれ、母の十三回忌の喪主も無事に務めて、立派なお爺さんじゃん!と私は軽口を叩いておったのです。そりゃ娘が押しも押されぬアラ還おばさんに育ったんだから、父は高齢者も後期になるはずです。
100歳以上までお元気な方もいらしゃるし、日野原先生なんて、ほんと80過ぎてから更に偉業を重ねられたけれども、それでも、やはり、それぞれのペースで、確実にさようならに近づいては行くんですよね。
トロワのときも思ったけど、必ず私が送らなきゃいけない。
できれば、「幸せだったな」「楽しかったな」と思ってもらえることを、少しでもして、私が送る。そして、私は、父がそうしてきたように、家族のなかで自分の出来ることを都度ちゃんとやりながら老いて、やがて娘たちに送ってもらう。
順番を守ることが大事。
あ、お父さんはまだ行っちゃいけないよ。だし、大丈夫です、たぶん。
離陸してすぐに、みなとみらいのあたりが空からよく見えたので、あそこに居るんだなと思って、しっかり念のビームを送ったからね。
なんて思ってると、どうも蒸し暑い香港の雑踏に出ていく気にはならないので、まだ半日あるんだけど、今日はここで書き損ねた日記を書こうと思います。このところ、いろんな用が重なって、あっという間に10日くらい経っちゃうんです。実に濃い日々を過ごしておりましたのに、記録する間がない。寝ないと持たないし。(^^;
夫の引っ越し荷物は、まあ、今日はやんないでいいわ。
前回の香港の楽しかったことから記録しましょう! ありがとう香港、の気持ちで。
ここでウジウジしてても、お父さんには何もできないんだし。
頑張れ!父!!
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